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お笑いとデザイン

8月15日
読了時間: 3分

私は、お笑いが好きだ。

小さい頃から寄席に行くのが好きだった。そう、私は根っからの関西人。物心ついた頃からお笑い文化に馴染み、その笑いはもはや体の芯まで染み付いている。

ちなみに、マルショウデザインの「ショウ」には、お笑いの「笑」という意味も込めている。だからというわけではないが、お笑い芸人を見る目は、ちょっとプロ並みに肥えている――と、自分では思っている。

そんな私が先日、浅草東洋館の「漫才大行進」にお邪魔した。

なんと4時間半。20組もの芸人さんたちが次々と登場する、なかなかの長丁場である。

それぞれに芸風があり、それぞれに味がある。大いに笑わせてもらった。

……と、ここから偉そうにお笑いを評論するのは少々憚られるのだが、今回、ひとつ感じたことがある。

お笑いの「芸」って、デザインにちょっと似ている。

どちらも、お客さんを楽しませ、喜ばせたら勝ち。逆に、響かなければ負け。

実にシンプルだ。

では、その「勝ち」と「負け」を分けるものは何なのか。

私は、「相手が喜ぶだろうな」と想像して、それを形にして出力できるかどうかではないかと思っている。

お笑いなら、「ここでこう言えば、お客さんは笑うだろう」と考える。デザインなら、「こう見せれば、この人はきっと伝わる、嬉しいと思う」と考える。

そのためには、一度、客席に降りてみる必要がある。

「顧客目線に立って考える」。

よく使われる言葉だし、少々使い古された感もある。

でも、私はもう一歩先まで降りるようにしている。

顧客目線ではなく、顧客になりきる。

自分がその人だったら、どう感じるか。何を見たら嬉しいのか。何を見たら「なるほど」と思うのか。そして、何を見たら「……なんか違うな」と感じるのか。

そこまで入り込んで考えてみる。

おそらく、爆笑をかっさらう芸人さんたちも、似たようなことをやっているのではないだろうか。

もちろん、すべての芸人さんがそう見えるわけではない。

なかには、どうしても「自分が面白いと思うこと」を前面に出してしまい、お客さんとの距離が縮まらない芸人さんもいる。

申し訳ないけれど、クスリとも笑えない。

一方で、天才的に面白い芸人さんは、そんなことをいちいち考えているようには見えない。

客席の空気を読み、間を取り、言葉を選び、絶妙なタイミングで笑いを生み出す。

おそらく、意識せずとも「お客さんの側」に立てているのだろう。

それは、ある意味で才能なのかもしれない。

では、凡人はどうするか。

やっぱり、努力するしかない。

お客さんになりきって考える。自分の「我」を一度横に置く。そして、相手がどう感じるかを想像しながら、何度も出力してみる。

4時間半、20組の芸人さんたちを見ながら、そんなことを考えていた。

笑いを見に行ったはずなのに、最後に教えられたのはデザインのこと。

浅草東洋館。

なかなか、奥の深い4時間半だった。


 
 
 

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