痛し痒しの英語表記
- narutaka yamada
- 2 日前
- 読了時間: 2分

英語表記のジレンマ
「外国人が見るかもしれないから」——この一言を免罪符に、商品名の横や上下へ英語表記を添えるカタログは少なくありません。けれど正直に言えば、それは配慮というより“いちびり”に近い行為ではないでしょうか。
本当に外国人が読む前提であれば、英語で表記すべきなのは商品名だけではありません。説明文も、仕様も、注意書きも、すべて英語で統一されていなければ筋が通らない。にもかかわらず、実際に行われているのは、日本語本文の横に英語の単語をちょこんと添えるだけ。もはや英語は情報ではなく、飾り罫と同じく「デザインの部品」に成り下がっています。
考えてみれば不思議な話です。なぜ日本人は、そこまでして英語を入れたがるのでしょうか。しかもこの“飾り英語”、実務的には厄介者です。デザイナーは校正係の仕事を確実に増やし、チェック漏れがあれば即・誤植という地雷を踏む。意味を成さない装飾であるにもかかわらず、リスクだけは一人前。百害あって一利なし——そう断じたくなる気持ちも、よく分かります。
……と、ここまで言っておきながら、完全には切り捨てきれないのも事実です。英語表記がある誌面と、ない誌面を見比べると、どうしても後者は間が抜けて見える。英語のアルファベットがもたらすリズムや視覚的な締まりは、確かに存在します。
意味はないが、効き目はある。理屈では否定できても、感覚が首を縦に振らない——英語表記とは、そんな厄介で、どこか憎めない存在なのかもしれません。まさに、痛し痒し。



コメント